
- 携帯電話やパソコン、カメラ、それから自動車など、世の中には様々なプロダクトデザインと呼ばれる世界がありますが、その中でもなぜ家電というものに興味を持たれたのか理由をお聞かせいただけますか?
熊本氏 たまたま実家が電気屋だったから、昔から家電に親しみがありました。ただ電気屋だけにはなりたくなかった。「電気屋の後継ぎ」って言われることがトラウマだったんです。ただ、小さな頃から商才みたいなものがあって、小学生のくせに先生相手に商売をしていました。電池とかアイロンを売ったりしてね。大学生になってもバイトに明け暮れる、なんてことはしなかった。まだネットという言葉が一般的じゃなかった時代に、洋服やレコードを個人売買したり、家庭教師の営業をちょっと手伝ったらいきなりトップセールスマンになったりして。そこらのサラリーマンより全然稼いでいました。
- その頃から起業家としての素養があったのでしょうか?
熊本氏 物事を始める前に、頭の中で「ああやれば、こうなる」という全体の流れをある程度予測できる能力があることは、中高生くらいから何となく自分でも感じていました。それは、小学校から大学まで続けていた野球の中で、キャッチャーというポジションをずっとやっていたことが大きく影響しています。キャッチャーって、どんな状況でも冷静な判断が求められる役どころなんです。20歳そこそこの頃、DJにのめりこんでいた時期があったんですが、その時の仲間達は当然、将来は音楽関係の仕事に就くことを目指していましたが、僕は違った。理由は、傍目にはノリノリでやってるように見えても、頭の中は常に冷静に周りを見るクセがあったから。その時、思いました。「俺はアーティスト肌じゃない」って。どちらかというとプロデューサータイプ。アーティストになる人間は、自分を忘れるくらいガーンと入り込める人じゃないと。それからですね、起業家を目指したのは。
- 人生の転機となった出会いなどについてお聞かせいただけますか?
熊本氏 大学生時代に聞いたポーラ化粧品の鈴木社長の講演に衝撃を受けました。その授業は、毎回いろんな業界の社長が来て講演をするというもので、年間で全24回あったけど、23回までは寝てました。ナマイキだったんで、話の導入部分を聞いてつまんないと「あ、この人は俺をつかんでいない」と決めつけて、納得した上で寝ていました(笑)。でも鈴木社長は入って来た瞬間から凄いオーラがあった。そこで聞いた話は、デザインとモノ作りというイタリアの経済に関するもので、フェラーリやフィアットなどイタリアではデザインが産業として機能している、といった内容でした。後ろから「ガツン」と殴られたような衝撃でした。究極はモノ作り、だと。それまでの僕は、モノを売ることには絶対の自信はあったけど、「作る」という発想が無かった。そこからはもう……
熊本浩志・クマモト ヒロシ
株式会社リアル・フリート代表取締役社長。75年宮崎県生まれ。3年半在籍した東芝にて、家電の固定概念を打ち破る家電シリーズ「atehaca(アテハカ)」を自身で企画、商品化し、様々な業界の注目を集める。02年株式会社リアル・フリート設立。03年には機能性、デザイン性を追求したオリジナルブランド「amadana(アマダナ)」を立ち上げる。
www.amadana.com