ホーム
FEAUTURE
PERSON
DICE&DICE × 陶芸家 中里 隆

いっけん、何の変哲もない白磁のご飯茶碗だ。だが、なんとも手に心地よい。ぷっくりとふくよかなその茶碗に炊きたてのごはんを盛ると、これがほんとにもう、湯気とともに幸福感が漂う。少々行儀が悪いが、ご飯の後のお茶を注いで飲むのがまた、いい。絶妙な厚みと縁の僅かなかえしが唇にやさしく馴染む。茶碗の高台にはヘラ書きされた『主』(あるじ)の文字。唐津の隆太窯の主、中里隆氏の作品の印である。福岡のセレクトショップ『DICE&DICE』で求めたものだ。唐津焼のうちでも異彩を放つ、南蛮唐津と呼ばれる焼締(やきしめ)の作品で知られる氏が、初めて手がけたこの白磁のシリーズは、価格も低めに押さえられているので、入門編として最適だろう。
ところで、中里隆とはどういう人物か。父は、古唐津の技法を現代に甦らせた人間国宝の十二代太郎右衛門(無庵)。やきもの界のサラブレッドかと思いきや、果たして、そんな予想は鮮やかに裏切られた。6男5女の5男に生まれた隆氏は、勉強が大嫌い。デザイナーになりたいと思ったこともあったが、入れてくれる学校がないのでやむを得ず身近なこの道に入った……とご当人は笑う。京都で2年、さらに唐津の父のもとで10年に及ぶ修行を経て、種子島へ渡り、3年間の滞在中に独自のスタイル“南蛮唐津”を確立していく。
さらにユニークなのは、30歳で1年かけて世界を歩いたことだろう。アメリカ・オハイオ州ウェズリアン大学に講師として渡米したのを皮切りに、その後、欧州・中近東・東南アジア・沖縄・韓国を巡る。その地で見て触れて感じたことを忘れない人である。
中里さんはいう。「インドへ言葉も何もできずに行きました。やきものを夫婦でつくってて、僕が入っていっても何も言わない。黙ってどんどんつくっている。嫁さんはときどき子供の揺りかごを動かしながら。こうつくろうとか、そんな意識や理屈は全くない。それを見てて、涙がでてくるわけですよ。日本では口づくりや高台づくりにすごく神経を使う。それは確かに大切なんですが、職人たちはそんなに神経を使っちゃいない。僕も意識はしてないんです」。
職人である。そしてまた、玄人はだしの料理人でもある。「食器の主役はあくまで食べもの。料理を盛って完成する。だから器は少し淋しいくらいがいい」と語る中里氏が泊まり客に振る舞う朝食がまたすばらしい。「隆太窯の器に盛られたアジとイワシの刺身、クロイオの叩き、まだ生きているような色のウニ。それを箸の先にすくって客は唸る。『申し訳ない。これだけではね。これで酒を飲まないと失礼になるから』と主人は、もうビールを……
中里 隆・ナカザト タカシ
1937年、唐津 12代中里太郎衛門(無庵)の5男として生まれる。1967年、アメリカ・欧州・中近東・東南アジア・韓国などを1年間かけて旅行。1971年、小山冨士夫先生の薦めで種子島で築窯し種子島焼を始める。1974年、唐津市見借(みるかし)に隆太窯を築く。1985年、日本陶磁協会主催の現代陶芸選抜展賞を受賞。以後、日本及び、世界各国で作陶活動を続け、世界的名声を博す。バロック音楽のサポートでも知られ、隆太窯コンサートは150回を数える。