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代表取締役 村井眞一

ナニワ節だよ、ビジネスは

- 今回のステイタスデザインは「出会い」を全体の統一テーマとしています。まず村井さんの人生に影響を与えた出会いについて、お話をお聞かせいただけますか?

村井氏 やっぱり増田さん(現カルチュア・コンビニエンス・クラブ=CCC代表)の存在は大きいですね。知り合ったのは僕が服飾関係の会社にいた頃で、増田さんとは上司と部下の関係でした。増田さんは業界や市場の動向に関する分析力がもの凄くて、手帳にはライバル店の敷地面積や売り上げなどのデータでびっしりでした。ある時、敷地面積はどうやって調べるんですか? と訊ねたら、「床のタイルを数えれば分かるだろ」って。タイルは一枚が30cm角だから、その枚数を数えれば全体面積が予想できるというわけです。売り上げだって、一日の動きをだらだらチェックしなくても、ピーク時間帯のお客さんの入り具合を調べれば大体の数字が見えてくる、というようにマーケティングの基本を叩き込まれました。

- その後、一緒に蔦屋書店を設立されるわけですが、当初から何か勝算のようなものはあったのでしょうか?

村井氏 全然。いろんな人との出会いや支えのおかげですよ。創業の翌年、大阪の江坂店に日販の鶴田さん(現・日販会長)という方が来られて「社長に会いたい」って。日販はご存知の通り書籍卸の大手ですが、ちょうどその頃、書籍以外の商品を扱う事業を始めた時期で、「じゃ、一緒にやってみましょう」と。85年の暮れのことでした。すると、翌日の日経新聞に「日販、CCCと提携」と大きく採り上げられて、そこからが大変。片や歴史ある業界の大手、片や1年前に出来たばかりの小さな会社ですよ。日販の機動力も凄まじかった。それまで1年に1店、2店だった出店のペースが、いきなり60店、80店という規模になって。鶴田さんとの出会いが、のちのCCCの根幹を成したと言っても過言ではありません。

- CCCは2000年に上場、公開を果し、まさに順風満帆となったわけですが、村井さんはここで本隊からは離れてしまうんですね。ところで、在籍中にはかの三木谷社長との出会いもあったと伺いましたが。

村井氏 今じゃなれなれしく「さん」なんて言えない人になっちゃったけど、当時彼はウチ担当の銀行マンでね。一緒に会社をやりませんか、って誘われて、いずれそうするつもりだったけど、退職のメドが立たず、あまり待っていただいても申し訳ないから、99年に「行けそうにありません」と謝りに行きました。最初は僕に社長をやってくれ、なんて言ってたけど、しなくてよかった。僕がやったらあんな立派な会社にはなっていませんよ。

- 強力なポテンシャルとバイタリティをもった名士との数々の出会い。なかなか経験できるものではないですね。周囲から信頼を得るための秘訣は何でしょうか?

村井氏 まず個人的な金に欲がないことかな?そりゃ、まったく無いワケじゃないですよ、ポルシェとかパネライを買ったりするくらいのお金は欲しい。でも所詮そこまでで、何10億という莫大な資産を持ちたい! なんて感覚が全く無い。会社買収なんて世界にも興味はない。僕にとっての幸せ?そうだなァ、仕事しながら、明日あれをしよう、今度これをしようと思いつつ、ぽっくり死んじゃうのが一番幸せだと思ってます。

STATUSdesign 04

STATUSdesign 04

ISSUE / FACT

DATE:
2007/4/16
INTERVIEW:
村井眞一、田村珍彦×相良直文、西尾芳彦×緑川晃央、山口昭次×福島駕人×松谷良輝

PROFILE

村井眞一・ムライ シンイチ
79年、株式会社鈴屋に入社、83年鈴屋時代の先輩である増田宗昭(現カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社社長)、伊藤康史(現コムアライアンス株式会社社長)と共に「蔦屋書店」を創業。85年、カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社設立。94年、「TSUTAYA RECORDS」設立。98年、株式会社ディレク・ティービー・ジャパン(DIREC TV JAPAN)専務就任。00年、ニューコ・ワン株式会社 代表取締役に就任。
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