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FEAUTURE
PERSON
主宰 / デザイナー 二俣 公一

ー現在、「空間デザイナー」として活躍中の二俣さんですが、この仕事を選ばれたきっかけは。
二俣 小3から大学入学までサッカーを続けてまして、大学では建築学科に進んだものの、本当はプロサッカー選手に憧れていたんです。
デザインに興味を持つきっかけになったのは、雑誌に掲載されていたマリオ・ボッタ(スイスの建築家)の作品写真を、高校生のころ本屋で偶然見かけたこと。民家や工場、舞台装置など、M.ボッタの作品を見た瞬間、小さい頃から得意だった理工系の勉強と、同じく大好きだったアートと呼ばれる世界との接点が見えた気がしたんですよね。以来、建築デザインの勉強に本腰を入れ、現在、店舗や住居などのデザインと設計、家具などのプロダクトデザインを手がけています。
ーデザインを練る際、「二俣流」的な手法はあるんですか。
二俣 「考え方の否定」っていうのかな……。本来の目的とは違う角度から考え始めないと、自分自身で納得できるアイデアが浮かばない。だから、ショーウインドウは道沿いに設けるべきとか、ショップだから商品を見えやすくすべきといった固定概念を、全部空っぽにしてみるんです。
その上で、「この空間はどうあるべきか」という自分なりのフィルターを通すことで、提案の方向性が固まってきます。固定概念を空っぽにするってことは、作ってくれと言われて「作らない」という選択肢もアリです。倉庫跡地をアパレルストアにコンバージョンした「MINORITY REV」(福岡市)は、それが顕著に表れた例。外観や内部構造をかなり残しながら、スタイリッシュな空間が完成したと自負しています。
ー東京にも拠点をお持ちですが、東京のデザインに触発されることは。
二俣 経済や個人消費の水準を抜きにして考えると、僕は東京に対して、あまり特別な意識を持っていません。日本全国の地方都市が、東京をお手本にして駅前再開発を進めたり東京のショップを誘致したりする昨今の流れは、都市デザインの観点から見ると嘆かわしいことですよ。だって、全ての地方都市がミニ東京を目指したら、「地方」である意味が無くなっちゃいますから。例えば農業を前面に押し出した町づくりを進めるとか、その地域ならではの色を打ち出す方が、はるかにカッコいいと僕は考えています。特に現代は、ネットにつなげばどこでだって東京の情報が入手できるんだから、リアルな情報、リアルな文化としての地方色を出す意識が、都市開発にも空間デザインにも求められているんじゃないでしょうか。
二俣 公一(フタツマタ コウイチ)
ケース・リアル(CASE-REAL)
主宰/デザイナー
1975年、鹿児島県出身。98年、九州産業大学工学部建築学科卒業後、デザインユニット「ケース・リアル」を発足し、2000年に自身の事務所として「ケース・リアル」設立。05年に東京事務所を設置し、福岡と東京の2拠点で国内・外デザインショーへの出展、オフィス、商業空間、住居、エキシビションスペース等の各種空間デザインと設計、プロダクトデザイン・立案などを積極展開中。