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輿水 精一×葛和 伸隆

新しいものを作り出した瞬間
それは、もっと新しいものを作る必要性が生まれた瞬間でもある

あらゆる原酒が無限に織りなす奥深きブレンドの世界

ー「ウイスキーブレンダー」というお仕事、実際にはどのようなことをなさるのですか。

輿水 ウイスキーには様々な種類の原酒があり、それぞれ異なる香りや味わいを持っています。そして、「響」のようなブレンデッドウイスキーは、何十種類もの原酒を組み合わせることで独自の味わいをつくり出します。その、原酒の組み合わせを決めるのが、ブレンダーの仕事。

原料となる原酒は10年以上寝かせて熟成したもので、製品となるウイスキーも一定期間寝かせてから出荷しますので、現在の味だけで判断してはダメなんです。5年間寝かせた時の味、10年先の味を常にイメージしないと、味は一定になりません。

ーなぜ、その職種を選ばれたんですか。

輿水 なろうと思ってブレンダーになったわけではないんです。たまたま「山崎」の貯蔵庫に頻繁に出入りするようになり、ブレンダーの方々と親しく会話しているところを見られて抜擢されたんじゃないでしょうかね。きっかけはその程度のものだと思います。

ー葛和社長がホテルやレストラン経営の道を選ばれたきっかけは。

葛和 私の場合、父が飲食店などを対象にした店舗リースや不動産業を営んでいた影響で、若い頃から飲食・接客業界に目が向いていました。
ただ、現在のように、飲食店やホテル経営を「街づくり」のレベルで考えるようになったのは、春吉にイル・パラッツォをオープンさせてから。このエリアを「新しいカルチャーが生まれる場所」と位置付け、地域に根ざした営業と店舗展開を進めています。

輿水 どんな仕事にも、入り込まないと判らない魅力がありますよね。たまたまブレンダーになった私ですが、やり始めると、これが実に奥深い。
サントリーが持っているあらゆる原酒に対する知識を持たねばならないし、それらの原酒が数年先にどう変わるかもイメージできないといけない。優等生の原酒ばかりブレンドしても深みが出ないから、色んな個性の原酒をバランス良くブレンドして個性を際だたせねばならない。そんな奥深さに、いつの間にか惚れ込んでしまいました。

水割り、ソーダ割り好きなスタイルで飲めるのがウイスキーの魅力

ー「チーフブレンダー」という立場ならではのご苦労などは。

輿水 当社の場合、ウイスキーのブレンダーが7人いて、それぞれがテイスティングしながら製品の味を決めていくわけですが、7人の感覚が常に同じということはあり得ません。だから、7人分の意見をどう統一するかが、実は大変なんです。ただ、人数が多い分、私はどれだけ熟成した美味さを出せるかという点に神経を集中していられますけど。
ブレンダーは、人より優れた鋭敏な嗅覚や味覚を持っていると思われがちですが、「自分は山崎しか飲まない」「響ばかり何年も飲み続けてきた」といったお客様の中には、ブレンダーよりもシャープな感覚で味をとらえておられる方もいるんですね。そういったお客様に、本当に満足してもらえる製品を提供できているかどうかが、最も神経を使う部分です。

ーそういうご苦労を経て世に出る「響」、葛和社長はどう感じておられますか。

葛和 とても飲みやすいウイスキーだという印象を持っています。私自身、プライベートでウイスキーを飲む時は「響」を水割りで飲むことが多いですし、中洲のバーなどでもよく出ているようですね。
水割りって、ウイスキーの味が一番判る飲み方だと思うんですが、つくり手として“こういう飲まれ方をされたい”といったこだわりはあるんですか。

輿水 もともと異国の酒だったウイスキーがこれだけ日本に定着したのは、水割りという日本独自の飲み方が開発されたおかげです。私も水割りは、ウイスキーが持つ長所と欠点が正直に出てくる飲み方だと考えています。
私たち日本のブレンダーは、そういう日本人の好みに合わせた味の求め方をしていますから、「ウイスキーはロックかストレートで飲まねば」なんて堅く考えずに、好きなように楽しんでいただきたいものです。

STATUSdesign 10

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DATE:
2008/09/29
INTERVIEW:
見城 徹、高橋 智隆、二俣 公一

PROFILE

輿水 精一
1949年山梨県甲府生まれ。73年サントリー入社。多摩川工場でのブレンドグループを経て、76年より研究センターでウイスキーの貯蔵・熟成の研究に従事。85年より山崎蒸溜所で品質管理、貯蔵部門を担当した後91年よりブレンダー室課長に。世界的なコンペティションでトロフィーを受賞した「響30年」をはじめ、「山崎50年」など、様々なサントリーウイスキーの開発・ブレンドに携わる。96年に主席ブレンダー、99年より「ウイスキーの品質を決める最終評価者」であるチーフブレンダーとなる。

葛和 伸隆
1996年ジャスマックプラザ代表取締役社長、97年イル・パラッツォ代表取締役社長に就任。また、大阪ワールドトレードセンタービル内の結婚式場プロデュースや「比叡山ホテル」のリニューアルプロジェクトに従事。98年「門司港ホテル」を開業。99年、関連会社を統一し株式会社ジャスマック代表取締役社長に就任。現在「ホテル イル・パラッツォ」「門司港ホテル」「5th HOTEL」や、福岡・宮崎のバイキングレストラン「アレッタ」などの飲食店を展開する。