
- 松嶋さんが料理の世界に進むきっかけとなったのは、子供の頃に読んだコロンブスの伝記だと伺いましたが。
松嶋 小学五年生の時ですね。世界の色々な国に行ってみたいという思いを持ちました。ただ、子供だったし、どんな仕事に就けばそれができるかが分からなくて。そんな気持ちを後押ししてくれたのが、「だったら、フランス料理のシェフになれば?」という母親の言葉でした。
- 頭の中では色々な夢を描くことができても、それを叶えるための具体的な行動を起こすことは、なかなか簡単ではないと思いますが。
松嶋 夢とか目標って、叶えるためにあるものじゃないですか。それに対する行動力が伴っていないというのは、人として寂しいと思う。夢が何も無いならそれでもいいけど、本気で叶えたい夢があるなら、とことん頑張った方が良い。
- フランスでの修行時代ですが、松嶋さんはパリやリヨンといった都市部ではなく、オーヴェルニュやガスコーニュなど、地方を選ばれていますね。その理由とは?
松嶋 地方料理に興味を持っていたし、極力、日本人と接することを避けたかった。せっかく苦労してフランスまで来たのに、そこで日本人同士で集まってばかりじゃ意味が無い。これまでの日本の料理人がやれなかったことをやるためには、普通のことをやっていては絶対無理でしょ。
- あえて厳しい環境に身を置く。そんなパイオニア精神も、コロンブスの生き方から影響を受けたものなのでしょうか。
松嶋 世の中、大抵のことでやってやれないものはないと思います。みんな同じ人間なんだから。夢や目標に近づくためには、最初の一歩を踏み出す勇気があるか否か。それから、実現に向けた環境を作ることができるか。「楽」を覚えちゃダメでしょ、僕ぐらいの齢で。興味があるものは自分の目で見たいし、自分の口で確かめてみたい。そんな想像力とか好奇心は人一倍あると思います。
- 4年間の修行を経て、25歳の誕生日にニースでご自身のお店をオープン。そこからわずか3年目でミシュランに選定。日本人としては最年少の快挙ですが。
松嶋 その時は素直に嬉しかったですね。「あ、認められたんだな」と。でも、所詮は三ツ星の中の一ツ星だし、星を獲ることだけに頑張っているつもりもない。あの出来事は僕の中で一つの通過点だと捉えています。登山で言うと、一合目を越えたくらいかな?まだまだ頑張って、勝負し続けないと。頑張り続けているからこそ成長につながるわけで、どこかで満足すると、そこで成長もストップしてしまう。
- シェフとしての評価が高まるにつれ、メディアに登場する機会も増えて来ましたね。そんな松嶋さんに憧れる若い世代に対しては、どのような考えをお持ちですか?
松嶋 僕みたいになりたい、なんて若い人たちから言われるのは正直、すごく嫌ですね。そんなこと思っているから、話が小さくなる。もっと大きな視野を持ってほしい。確かに三ツ星のシェフ達は凄いと思うけど、憧れを持つことはないです。同じ人間じゃん、って。僕、いかにも「努力してます!」という姿を見せるのは好きじゃない。むしろ、チャラチャラしている雰囲気を出す方が好きなんですよ。だから僕のそういう面だけを見ていた人は、仕事場で働いている姿を見て「え?」と思う人、多いみたいですよ、結構。
- あえて奇をてらっているのでしょうか。
松嶋 どうかな? 僕の料理と一緒なのかも知れませんね。
松嶋啓介 - マツシマ ケイスケ
1977年福岡県生まれ。
小学生の頃から料理人を夢見、「エコール 辻 東京」で仏料理の基礎を学ぶ。渋谷「ヴァンセーヌ」でサービススタッフとして働き、料理人としてはイレギュラーなキャリアスタート。20歳で渡仏し各地で修行。25歳の誕生日に、ニースで「Restaurant Kei's Passion」をオープンした。南仏の素材を生かした料理が評判を呼び、開店から3年目、「ミシュラン'06年版」で日本人としては最年少で一ツ星を獲得。06年11月、店名を「KEISUKE MATSUSHIMA」に改め拡大オープン。ミシュラン'07版、'08年版と3年連続星獲得を果たす。メディア取材多数。大切にしているのは、まさに“NICE(ニース)”。N=nature自然の素材、I=identiteアイデンティティー、C=creation創造、E=ecologique環境。今年1月、BISTRO VENTER(札幌市中央区)の招聘で初来道。4夜連続のSpecial Dinnerは、定員4倍を超える人気だった。6月にはレストラン「 I (アイ) 」を東京・神宮前にオープンする。
[Keisuke Matsushima公式サイト]
[Keisuke MatsushimaBLOG]