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ホームの中のFEAUTUREの中のPERSONの中の大野 俊也

大野 俊也

カルチャーとビジネスの刺激的接点。
答えはストリートにあった

"ジャーナリズム"ではない"リアリズム"が全ての原点

- まず初めに、雑誌やメディアの世界に入ったきっかけについて、お話を聞かせて下さい。

大野 たまたま、ファインの編集部が募集していて、受けたら合格。最初は雑用で、1年目からサーフィンとかヨットとか、マリンスポーツのページを担当するようになりました。その時から、自分の中で“こうしたらもっと面白いのになぁ”というアイデアだけは常に持ってました。僕、サーフィンも好きだけど、パンクも好きで、それまでパンクもサーフィンも、扱う雑誌は別々だった。で、いつか2つがミックスしたような雑誌を作りたいなって。

- ありきたりのトレンド雑誌では、満足できなかったわけですね。

大野 この頃から渋谷を中心に、アメカジがストリートに出て来て、当時のポパイとか他の雑誌が言ってる内容と、実際に若いコたちがやってることがズレてきた。でも当時の中小出版社がいくら陰で吠えたところで、大手には勝てない。だから自分はセンスとリアリティで勝負しようと、街で遊んでる若いヤツらをカメラでバンバン拾いまくったんです。丁度スケボーとか、ヒップホップがブームになり始めた頃で、どこの雑誌も取り上げなかったアメカジの格好をしたチーマーとか、いわゆる不良達を取材し続けて行くうちに火がついた。ファインの第二黄金期かな。

- 情報の受け売りではなく、現場の真っ只中に身を投じたことが結果を生んだわけですね。

大野 リアルストリート。それが僕の原点。大手出版社はクライアントのアパレルブランドと組んで流行を仕掛けたがるけど、そんな旧来の形式とは全然違った、リアルな現場から生まれるモノの方が絶対面白いし、新しい時代を作るパワーを持っていると思う。

- ファインをメジャーに引き上げた後、Warp(※1)日本版の創設に参加。その経緯は。

大野 ファインで3年ほど編集長をやった後にアメリカに行こうと思って。それから3ヶ月ほどブラブラ遊んでたら、ファイン時代に仕事でつながっていた知り合いが「トランスワールド・スノーボーディングの日本版を立ち上げるから手伝ってほしい」って。そこでWarp日本版の話が来た。ファインって、読者の男女比率が6:4くらいで、メインは女性でした。自分的には次は男系のものを作りたいと思っていて。アメリカ版Warpはサーフ・スケート・スノーがテーマだけど、日本版はそこにスタイル=ファッションを入れて、「名前はWarpにするけど、内容は全部こっちでやらせてくれ」という条件で始めました。

- Warp編集長時代に仕掛けたイベントはいずれも大成功で、音楽とファッションの融合というスタイルの先駆けとなりました。企画の段階から勝算はありましたか。

大野 すごくラッキーだったと思う。具体的な計画はなく、感覚だけで動いていたし、それが許された時代だった。アメリカで見て、感じたものを持ち帰って、皆でカッコいいこと、アメリカに負けないことをやろう、日本で自分達のシーンを作ろうと真剣に考えてた。ライムスターやキングギドラのKダブ・シャインとかZEEBRAとか、“どうやって自分たちのシーンを作ろう”って。ビースティボーイズが全然売れてない時にアメリカで彼らと知り合って、彼らのリリースパーティをファインナイトでやったりとか、とにかく、みんなが熱かった。

ニッチがメジャーを揺さぶる時、そこにカルチャーが生まれる

- Warpを経て、昨年フリーマガジンFLJを創刊されました。この雑誌のコンセプトは。

大野 学校のクラスにはラップが好きなヤツ、Jポップが好きなヤツとかいろいろいる。クラスの中で少数派だったヒップホップ好きがクラスの半分に増えた時期とかあったでしょう? それに例えば、ハイスタンダードが100万枚売れたのは、彼らがやり方を変えたわけではなく、今まで無関係だったはずのメインストリームの人たちが振り返ったから。ニッチがメジャーを揺さぶるって、カッコイイでしょ?

- 登場するアーティストや誌面デザインなど、フリーマガジンとは思えないクオリティですね。

大野 “何だこれ!”って刺激をブツけたかった。表紙だってヒカル、ランシドのティム、ZEEBRA、ハイスタの難波とか、他の雑誌じゃ表紙にしないヤツらばかり。今、出てる雑誌の表紙のアーティストやタレントって、本当に「みんな」=読者が望んでる人じゃないと思うんですよ。どこも一般受けを狙ったパブリシティだから。でも、それをやることで離れる読者もいる。こんな時代だけど、僕は面白いことをやれば、きっと読んでもらえると思ってる。しかも、その本がタダならみんなビビるんじゃないかなって。ふつう紙媒体っていうのは、広告収益がメインじゃないですか。アーティストとコラボしたり、イベントやったりしてるけど、“ページいくら下さい”という部分は揺らがないんですよ。イベントやコラボはオプショナルでしかない。でもアメリカでフリーペーパー作ってるようなヤツらのやり方はそんなの関係ないんですよね。全部の中のひとつが紙なんです。僕もそれがしたかった。紙は紙で最大限に面白くして、もっとトータルな世界を提案して行ければ、と思っています。

- パンクスプリング(※2)もそんな提案の一環ですか。

大野 パンクとかヒップホップ好きなヤツって、他の音楽を聴かなかったりする。高い金を払ってフェスに行っても、好きなバンドが1つか2つじゃ満足してもらえない。だったら、全部パンクにすればヤバいかもって、クリエイティブマンと話が盛り上がって。で、結果は予想を遥かに超えて、いきなり1万5千人入って、今年はさらに増えて2万人。「パンクとヒップホップだけじゃ、入んないんじゃない?(お客さんが)」って言われてたけど。やってみなきゃわからないね。好きな人はきっといる。だからフェスという場を提供し、雑誌などを使って届けるべき人にアプローチすればニッチがムーヴメントになるんじゃなかな。

STATUSdesign 12

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DATE:
2009/3/29
INTERVIEW:
松嶋 啓介、大野 俊也、ヒミ*オカジマ、合野 弘一

PROFILE

大野俊也 - オオノ トシヤ
DRAGON ZOE LLC. 代表 / FLJ編集長

1964年生まれ、横浜出身。雑誌「Fine」「WARP」の編集長を経て、独立。PUNNSPRING/SPRINGROOVE等のフェス、イベント企画制作、国内外の音楽アーティスト・プロデュース、広告クリエイティブ、TV、ラジオ番組の企画、書籍企画、雑誌「GLITTER」「フリマガ」のスーパーバイザーなど、多方面で活躍中。バンド「DBX」ヴォーカル。DJ OHNOとしても活動。2008年7月30日、フリーマガジン『FLJ(エフエルジェイ)』を創刊。隔月刊の雑誌発行に加えて、広告PR、商品開発、イベント企画などクロスメディアを展開中。有限会社ドラゴンゾーイ代表。

FLJ公式サイト
大野俊也BLOG